上司は今日も怒っているだろうか。後輩は私がどんな顔をしているか楽しみにしているだろうな。
先日、私は大きな失敗をした。ウェディングプランナーとして、最大のミス。
お預かりしていたお客様の指輪を取り違えたのだ。
結婚指輪は1週間前にお預かりし、金庫で大切に保管される。結婚式当日、金庫から指輪が出されるとき、必ず複数人で確認し、間違いがないようにする。
そして、大切に教会の祭壇へと移動する。
今日は午前と午後に結婚式がある。つまり、祭壇の中には2組の結婚指輪。
決して間違ってはいけない。私は、付箋に両家の名前を記入し、間違いなく張り付けた。
しかし、結婚式が始まる前、新婦様の体調不良でバタバタした私は、牧師様が祭壇から出した指輪を自らの目で確認しなかった。
「祭壇の手前にある指輪ね。漢字だけど読めるよね。」とだけ伝えた。伝わる…はずだった。
新婦様の体調も回復し、無事結婚式が始まる。神聖なアヴェマリアが流れる中、私はふと結婚指輪に目をやった。「…あれ、あの指輪だったかな」ふとそんな思いがよぎったが、「ま、牧師様には伝えたし、間違えるはずがない」そう思った。それが甘かった。
指輪の交換を始めた新郎新婦様の顔が一瞬固まった。牧師様に何かを伝えたように見えたが、結婚式はつつがなく進行した。
結婚式は、無事に退場シーンを迎え、新郎新婦様はたくさんの笑顔に包まれ、晴れて夫婦となった。
…はずだった。
これは誰の指輪だ。僕たちの指輪はどこへやった。私たちは何に愛を誓ったんだ
新婦様は泣き崩れ、新郎様は静かに怒りを表した
退場した新郎新婦様は悲惨だった。
「これは誰の指輪だ。僕たちの指輪はどこへやった。私たちは何に愛を誓ったんだ」
新婦様は泣き崩れ、新郎様は静かに怒りを表した。
「とにかくゲストが待っているので、あとの話は披露宴が終わってからにしましょう」
新郎様が新婦様をなだめ、披露宴へと向かったスタッフと新郎新婦様を、私は茫然と見送るしかなかった。
牧師様へ確認しに行きたいが、どうせ結果は同じだ。私が管理監督しているチャペル内で起こったミス。
見送りを許されなかった私
すべてのミスは、私の責任だ。
ブライダル業界において30代はベテランだ。
私を叱る人は、副支配人か、支配人くらいしかいない。20代のスタッフは、私を慰めることもできず、離れていく。
披露宴は無事おひらきを迎え、新郎新婦様は私と目も合わせず、2次会へと向かった。
見送りを許されなかった私への伝言は、「今日は楽しむ日だから。顔を見せないでください。」
そりゃ、そうでしょうよ。私の顔なんて、見たくないでしょう。
「申し訳ございませんでした」以外に、私が発するべき言葉はない。
どこに行っても、誰に会っても、私はそれしかいう権利がない。
あぁ、帰りたい。もう会社にいたくない。
この会社に私の存在価値はない。そう思った
30代のベテランスタッフの存在価値は、安心感だ。若いスタッフのように、笑顔で流行りの最先端に立ち、流行の曲や演出を一緒に考えるのでない。
この人はキャリアがある、ミスをしないだろう。
その安心感を。私は裏切った。
もう、この会社に私の存在価値はない。そう思った。
一生懸命した人の失敗は責めません
ミスが起こった時、とるべき対応は、迅速に、誠実に
それでも、次の日、私は会社へ向かった。
若すぎるスタッフのように、親を病院送りにしたりできない。
こういったミスが起こった時、とるべき対応は、迅速に、誠実に。
上司にしかられるとか、部下に白い目で見られるとか、そんなことを気にしている暇はない。
新婚旅行へ出かける前に、新郎新婦様とコンタクトをとらなければ。
新郎新婦様が、私を怒鳴りつける…私を一生恨む…殴られるかも…
重い身体を持ち上げ、顔を洗い、化粧をして家を出る。あぁ、行きたくない。
さて、私は覚悟を決めた。最悪の事態を想定する。
新郎新婦様が、私を怒鳴りつける…私を一生恨む…殴られるかも…。
そう考えたら、だんだんとバカバカしくなってくる。
いいよ、お客さん。殴れば。それで気が済むんでしょ。
いいよ、部下たち。白い目で見れば。私はどうせ賞味期限切れのオバサンですよ。
いいよ、上司よ。信頼を裏切った私を、窓際に追いやればいいわ。
そんな私に新郎新婦様が放った一言。
新郎新婦様のためにその一生をささげてください
「一生懸命した人の失敗は責めません。今まで1年半、どれだけの思い出を共有してきたのですか。わざとしただなんて、絶対に思っていません。私たちにとっては一生の思い出ができました。子どもができても、孫ができても笑い話にしますので、そのおつもりでいてください。そしてこれからも、新郎新婦様のためにその一生をささげてください。」
私は、泣き崩れた。
会社に行きたくない時のまとめ
私は、これまでも自分のミス、部下のミス、時には上司のミスも、数々のクレームに対応してきた。
そのたびに、会社に行きたくない、あの人に会いたくない、お客様に会うのが怖い、と思う。
それでも、私が会社に行くのは、「命を取られることはない。」という前提のもと、最悪のパターンを想定すること。
人じゃないほど怒鳴られる、胸ぐらをつかまれる、口をきいてくれない、など考えられる全ての最悪を想定し、そして、「時計は必ず進む」と唱えるのです。
そう、今日は始まったら終わるしかないのです。
何かが起きても、何も起きなくても、今日は必ず終わります。それで大丈夫。
30代の働く女子は、大変なのです。部下も上司も存在します。
若いスタッフにポジションをとられ、笑顔だけではやり過ごせません。
かといって、責任をとれるほどの役職もありません。
安心感とキャリアを兼ね揃え、なおかつ現場感を出しながら、上司の愚痴と部下の愚痴を聞き、上と下、右と左を上手につなぐ。
それこそが30台に求められる仕事なのです。そう、なんてかっこいいキャリアウーマン。
そう自分に言い聞かせ、高めのヒールで颯爽と、私は今日も会社に向かうのです。
だって、私は知っている。
もし、現状に満足せずに転職なんてしたら、自分よりずっと若い20代の子の顔色を伺いながら、「オバサン」と陰口を叩かれ、上司には高いスキルを求められることを知っている。
だから、今日も私はここで戦う。それでも、ここが私がいま、一番輝ける場所だから。