パワハラの学校現場、職場の指導実例。対策義務が法制化




10年程前、私は同じ職場の教務主任から受けていました。私はその当時、対外向けの文書作りや生徒の進路業務などを担当していました。私の担当教科は国語です。

まず、対外向けの文書作りですが、校長名で出すために間違いや誤解を招いてはいけないため、必ず、事前のチェックが必要です。私の学校では教務主任、教頭の順でチェックを行うことになっていました。

最初の頃は適切な対応でしたが、少しずつ嫌味が入るようになり、そのうち、国語の教師のくせにとなり、悔しいとので万全の自己チェックで臨むと、粗探し、ミスが無いと違う表現への書き換えとさまざまななやり方で嫌がらせを受けました。

進路業務では、入学願書をとある高校で一括に受け取るということが私達の地域でありました。

願書一括配布の時間は10時30分頃だったと記憶しています。当然、授業時間中に学校を抜け出て受け取りに行かなければなりません。

そのため、時間割を調整してもらい空き時間を作って行くのですが、週の初めに出た時間割は1時間(1コマ)しかなく配布に間に合うかどうか微妙な感じでした。

教務主任にもう1コマ空き時間を欲しいと言ったのですが、間に合いそうだったら1コマでいいでしょうと言われ却下されました。

願書一括配布の日、到着したのは予定時間ギリギリでしたが、既に他校の担当者は集まっており、一括配布の担当の高校の先生は、心配して、私の中学校へ確認の電話をしたそうだと聞きました。

学校へ帰り一部始終報告しましたが、翌日の朝の打ち合わせで、教務主任より私が遅れて迷惑をかけたことについて、全体の場でお叱りを受けました。

また、入試の合格発表の日、各高校に受験生の書類をもらいに行く作業があるのですが、一人では回りきれないので分担して行くことになっていたため、担当の私が計画を立てて動く段取りをつけていました。

ところが、当日朝に校長から行ってもらう先生を変えたからと言われました。普通、変更する場合、緊急を要する事情がなければ、担当が立てた計画をひっくり返すことはないのですが、簡単にひっくり返され、何のための担当者だろうと思いました。どうしてと詰め寄り、自分の意見を言い、ひっくり返らないように出来たかも知れませんが、若かったこともあり従いました。

さらに、最悪なことに、私がある高校に対して行うことが、私の代わりに行く先生に引き継がれず、その先生から恥をかいたと怒られました。

そのほかとして、入学式や卒業式の担当も私がやっていて、その式次第でもめました。

今は、日の丸、君が代・国旗、国歌の問題は法律によって定められ、あえて逆らう教師はいなくなりましたが、私がハラスメントを受けていた頃は、絶頂だったと思います。

私が生まれ育った地域では、日の丸、君が代の問題などなく、当たり前に掲げ、当たり前に歌っていました。しかし、私が教師として勤務している地域は、日の丸、君が代は生徒に対し戦争を想起させるためけしからんという所でした。

そんな中、式次第に、修礼、国歌斉唱、会場配置図に国旗として提案したところ、猛攻撃を受けました。

特に、例の教務主任の反応がひどく、やってられないと言って、組合全員でお前のところに押しかけてやると脅迫まがいのことを言われました。

さらに、私が文化祭の練習で誤ってスポットライトのコンセントを壊してしまいました。その現場を見た教務主任は、借り物になんてことをしたんだ、誰が直すんだ、など烈火の如く怒り怒鳴り散らしてきました。

結局、私が電気工作の心得があり、私が直すと言った途端、いきなり静かになりました。

また、さらに、私の学級の勉強が嫌いな生徒が、卒業後の進路を就職したいと希望を出していたので、就職という方向で話を進めていましたが、突然、私に怒鳴りまくって、私や生徒をひるませて高校進学に変えてしまいました。

その後、その生徒は高校に入学するも1月足らずで辞めて、ニート、長続きしないアルバイトを交互にするようになりました。

教務主任は、この後すぐに、教頭に昇任して、現在、校長になっております。
この教務主任の嫌がらせ、ハラスメントはこれだけではなく、ほんの一部です。
私は、鬱になりました。

私の職場は職員会議が成り立たない状況でした。

職場の雰囲気がよくなかった

原因は複数あると思います。

一つは、職場の雰囲気がよくなかったことです。転勤直後、私の職場は職員会議が成り立たない状況でした。

赴任早々の会議は、校長の学校経営方針から始まるのですが、校長、教頭批判が止まらず時間切れ。職員会議の議題は、どんなものでも最後は管理職批判になり、裁決のないままどさくさで実施されるというものでした。

前年度に日の丸、君が代の問題で揉めた

職場がそうなった原因は、前年度に日の丸、君が代の問題で揉めたと聞いたのですが、揉めたことは、普通、年度をまたぐことはまずありません。しかし、この学校の職員は、このことを収めることが出来なかったようでした。

私は、そんな人たちを心の中で軽蔑していました。そんな、学校を揉めさせた中心の一人が、例の教務主任でした。

二つ目は、ターゲットが変わったことです。

その頃は教務主任ではありませんでしたが、管理職が変わり、学校の騒動も収まり、教務主任に抜擢された途端、立場の弱い、おとなしい女性の英語の先生に、事あるごとに嫌がらせをするようになりました。

組合を辞めたこと

仕事上のミスはつきもので、改めてもらえば済むことを、執拗に責めていました。翌年、その先生が転勤すると、今度は私がターゲットになってしまいました。

三つ目は、組合を辞めたことだと思います。この職場に赴任早々に辞めるのは、管理職に反発していた先生方にとっては面白くないと思います。

四つ目は、私が教務主任のことを口には出しませんが心の中で嫌っていたからだと思います。自覚は無かったですが、私の態度からそのようにとられていたと思います。

診療内科を受診してカウンセリングを受け、心を落ち着けるようにしました。

文句の言われない完璧な仕事にする

解決は、教務主任が転勤したことです。

自分で、事態を打開しよう、解決しようと努力しましたが、結局は、自分の力ではどうにもなりませんでした。

解決しようという取り組みは、たくさんしたつもりでいます。一つは、文句の言われない完璧な仕事にすることでした。

提案文書は念には念を入れて、誤字や誤解を招くことがないように、二重三重にチェック、手直しを行なってきました。

年休を取って休むようにしました。

二つは、彼に気に入られようとわざとらしい態度は取りませんでしたが、彼が不快を抱くような態度はでないように注意していました。

三つは、彼が職場にいるときは、職場にいるのが耐えられなくなり、そんな時は、すぐに年休を取って休むようにしました。

また、心の置き所がないときは、教職員の心の相談ダイヤルに電話して相談したり、診療内科を受診してカウンセリングを受け、心を落ち着けるようにしました。

解決というよりは、現状から逃げたい一心でした。

尊敬と思いやりの気持ちを持つこと

ハラスメントを受けたり、してしまうと、相手との関係は完全に壊れてしまいます。一度壊れた人間関係は修復できないため、解決は絶対にできません。

一番は、相手の立場や気持ちを考えて行動することが大切です。相手に対して、尊敬と思いやりの気持ちを持つことだと思います。

相手の欠点を見るのではなく、相手の良いところと付き合う心を持てると、ハラスメントに繋がらないと思います。

パワハラ体験談のまとめ

職場は目的・目標を持って活動するところです。達成するためには、当然、失敗は許されません。それでもミスはでてしまいます。

そんな時、お互いが補い合える人間関係を築くことが大切です。真剣に仕事に取り組み、ごめんなさい、ありがとうございますが言え、お互いの考えを言い合えるようになるのが理想的です。リスペクトしあえる職場作りが、一番だと思います。

それぞれ、主義主張が違うものが集まって力を出すから職場に特徴が現れます。尊重するからこそだすことのできる特徴です。

しかし、まれに独善的に動く人もいますので、そんな時は、優しく丁寧に教えてあげることが大切です。

敵を作るのではなく、強い味方を作る心構えが大切です。

また、どうしてもこちらからの気持ちが伝わらない上司に対しては、これは職務命令ですか?と問い言質を取ることも自衛策かと思います。ただ、このような言葉は使いたくないです。

自分のことは自分で守らなければいけないと思います。その時は、自分一人だけで解決しようとするのではなく、自分の考えを理解してくれる人を同じ職場に作るのが大切です。

できるなら、波風はたてたくないので、仲間や言葉は大切にしたいものです。