エンジニアが会社に行きたくない時でも休めない時の対処法




年代:40代
性別:男性
職業:会社員
お住まいの地域:神奈川県

前日に仕事で大失敗し、顧客システムを停止させ、顧客の業務を半日止めることになってしまった。

直属上司だけならず、さらにその上まで引きずり出す羽目になり、そのまま顧客を訪問。

当然ながら顧客からは大叱責を頂くことになった。

顧客からは、まずすぐにでも欠損したデータのリカバリを要求、そのうえで原因と対策、今後の再発防止策を3日以内に文書で提示するような要求となった。

これを拒否することはあり得ないため、そのまま帰社して対応。現実的な対応策はバックアップからのデータ戻しであったが、すでに顧客業務が詰まっているため、それもできず、手作業でリカバリを試みる状況であった。

深夜まで対応するが、それでもリカバリさえ終了できず、一旦帰宅し、翌日は始発に乗って出社するよう命令があった。

帰宅は午前1時を過ぎ、始発は5時前なので、そもそも睡眠時間はほとんど確保できない状況。

早朝に出社すると上司は当然おらず、応援メンバーもいない状況。データリカバリを翌日に終わらせながら、さらには対策を検討するなど、たった一人で対応を続けることになった。

約束の3日では当然対応が終了せず、顧客からはさらに叱責。

上司からも叱責を受け、一人で黙々と対応することさらに2日。いよいよ朝になって出社することが非常に厳しい状況となってしまった。

そもそもの引き金は、自分自身の些細なオペレーションのミスであった

顧客の業務が停止してしまった

これが連携しているシステムへ異常データを送信することになってしまい、その異常データを検知したシステムが停止。

そこから直結している業務システムにデータが飛ばなくなることで、顧客の業務が停止してしまったということであった。

連携システム側は自社は関知しておらず、業務が停止していることなどは顧客からの情報がない限り、知る術がなかった。

すべてが当社側に責があるという論調で強烈な叱責を受けた

気づいたときは、すでに業務が止まって数時間が経過しており、「お宅から変なデータが来ているようだが、何か身に覚えはないか?」という顧客からの一本の電話であった。

引き金を引いたのは自身のオペレーションであることに間違いはないが、異常データを検知してシステムが停止するなどは、顧客のシステム側で対応するべき問題でもあるはず。

それにもかかわらず、すべてが当社側に責があるという論調で強烈な叱責を受けたこと、さらには自社側の上司も全面的に降伏し、すべてを私に振り、応援者も出さず、全面的に丸投げをしてきたこと。

極め付きは上司からのフォローは一切ないまま

極め付きは上司からのフォローは一切ないままに、単に時間だけが過ぎて顧客が怒っているから早くしろ、という命令口調だけで去っていくこと。

時間的な制約よりも、自社に味方がいない、と感じる状況が、最もつらい状態であった。

本件については、残念ながら自力で頑張るしか方法はなかった

すぐにでも対応することが必要な課題が山積

現実問題として、そもそも休むわけにもいかず、すぐにでも対応することが必要な課題が山積されている状況であった。

とにかく出社することは頑張り、出社して自分のデスクに座ることを第一目標に出社した。

同僚に事情を話し、数名に応援を仰ぐことができた

ただし、この時点で山積されている課題をすべて一人で片づけることは、物理的に、かつ事実上不可能であることに気づくことができたため、このタイミングで同僚に事情を話し、数名に応援を仰ぐことができた。

具体的には、顧客対応担当者、異常データを送らないようにするためのシステム側改修担当者、そして顧客への報告資料を取りまとめる担当者である。

百戦錬磨で対応経験のある同僚を応援に依頼

システム改修は中身を理解している自分自身が中心にならざるを得ないが、報告資料へのまとめについては、百戦錬磨で対応経験のある同僚を応援に依頼し、快く受けてくれたことが一番助かった点である。

このタイミングでも、上司は明確に指示を出さないどころか、応援に入ってくれた同僚たちに、自分たちの仕事をしろという指示が出ている状況であったが、同僚は「今、顧客に迷惑をかけている状況を放置するわけにはいかない。自分の仕事は何とかなるから、コイツの手伝いをしている」という心強い言葉がいただけたことが、本当にうれしかった。

会社に行きたくない時のまとめ

会社の中で、常にコミュニケーションを取っていることが大前提である。

誰しも知らない人に力を貸そうとは、そうそう思わないはずである。

一方で、相手が知っている人で、常に会話などしている状態であれば、その人の困り具合なども探りやすい。

現実に、今回は困っていることを直接関係するメンバーに話をすることで、その度合いを理解していただくことができたうえで、さらに応援に入ってくれることになった点が、最も特筆すべき点である。

自分自身も、「今度はぜひ手伝わせてくれ」という言葉で最後のお礼の言葉にできるようになったぐらいである。

最初は本当に出社すること自体が辛かった。まさに通勤電車で駅から電車・・・という人身事故さえ頭をよぎる状況でもあったが、前述したように、いつも話をする同僚がおり、その同僚たちを頼ることができるならば、大変大きな力になるはず、ということを信じて出社することになった。

ここの時点で、心に重くのしかかった気持ちがスッと晴れ、とにかく出社しよう、そして応援を頼んでみよう、そのうえで課題を一つずつ片づけていこう、という気持ちになれた点が大きかったと感じる。

現実に応援に入ってもらえるメンバーが揃ってきたときには、私自身涙が流れる状況であった。