会社に行きたくない50代の営業セールスマンの焦燥




年代:50代
性別:男性
職業:会社員
お住まいの地域:大阪府

ある販売会社の支社で、セールスマンの販売研修を行っていました。

元々営業には自信があり、研修も好きな仕事だたのですが、周囲からの中傷が上司にあり、上司は私にそれを確かめることなく、会議の世界でいきなり名指しで嫌味を言われるということをされました。

所謂、満座で恥をかかされるということでした。

それでも上に述べたように、仕事そのものは好きでしたので、その上司や中傷した人間に顔を合わせることがなければ、それ程苦にはならなかったのですが、本人には気がつかないくらいシワジワと、精神が犯されて心の中に闇のようなものが、沈殿していました。

そんな時、冬の季節で風邪を引いて、まあ休むほどではなく、体を騙し騙し会社に通勤していましたが、声が全く出なくなったのです。喋る世界にありながら、声が出ないというのは致命的なことで、途方に暮れました。

この時は入社して約30年の勤務で、初めて会社に行きたくないという、情けない感情を抱いたことを思っています。

研修は小さな教室で、普通に喋れば通るのに、掠れる声でマイクを通して行っていました。毎日が惨めな思いで勤務していました。

暫くそんな状態が続き、やがて違う部署に配属。入社以来、今まで体験したことのない分野の商品を販売することになり、部下のスタッフの方が知識量も販売技術も上回っているので、一から教えを請わないといけない状況に、歯軋りする思いではありましたが、オフィスの内より外に出ることに、気持ちが転換出来たのも事実でした。

要領よく立ち回れなかった自分の不器用さ、過去から引き摺ってきたプライドを捨てられなかった甘さにあった

その上司は、完全に無視するような雰囲気

入社して以来、これよりも辛いことは幾つもありましたし、自分は頑張れるたちなので、会社を辞めることなど、一切考えたことはありませんでした。

その上司は、完全に無視するような雰囲気でしたし、他所で悪口を言われ、中傷されているのも知っていましたが、自分の持ち場の仕事をしっかりやれば、何とか乗り越えられることも分かっていました。

脳が体に行けない状態を作りだしていた

ですからこの時も、それ程深刻では無かったのですが、「声が出ない」事実に愕然としてしまいました。意思や理性では会社に行こうとしているのに、脳が体に行けない状態を作りだしていたのです。

この時に初めて、自分の状態を客観的に眺めることが出来ました。これがきっかけというものです。

原因は何かというと、自分の存在が認められない、このままでは人の役に立つ仕事が出来ていないという焦燥感です。

大元の原因は上司と癒着していた人の二人

大元の原因は上司と癒着していた人の二人にあるのですが、それに振りまわされた自分の弱さであったと思います。

或いは要領よく立ち回れなかった自分の不器用さ、過去から引き摺ってきたプライドを捨てられなかった甘さにあったのだと思います。

新しい仕事がある意味、私に対する希望になったのです。

新しい仕事にも慣れ、サポートしてくれる部下の男性スタッフも、徐々に協力してくれるようになりました

私のグループが新種の商品で新規の市場を開拓出来た

根本問題の解決ではないのですが、新しい仕事にも慣れ、サポートしてくれる部下の男性スタッフも、徐々に協力してくれるようになりました。

業界全体が逆風に吹かれる中で、当社も同様の環境下にありましたが、幸いなことに、私の勤務する支社の業績は上向きで、特に私のグループが新種の商品で新規の市場を開拓出来たことが、全体の業績を押し上げることに成功しました。

代替医療の分野で セミナー 受講者が増えてきました

その時に、上司は全国の営業会議で、私のグループが取り組んだことを、発表したようです。

私は別に鼻にかけることも、他に吹聴することもしませんでした。

加えてもう一つ言いますと、会社の仕事とは全く違うのですが、代替医療の分野で休日にセミナーを行っており、そちらでも随分受講者が増えてきました。

仕事のストレスを余暇で発散するようなものだと考える

ある意味、苦しい時はそちらに逃げていたのかも知れませんが、それを趣味の世界として考えると、仕事のストレスを余暇で発散するようなものだと考えると、それ程間違った方法でもないと考えています。

あっ、それともう一つ大切な出来事がありました。

その上司が定期的な異動で、転勤していったことです。

ですから、私が解決に向けてとった行動は何もありません。自然と歯車が良い方向に向いて、回転していったことです。

会社に行きたくない時のまとめ

アドバイスなどというほど立派なものは何もありません。

敢えて一つ言わせて貰えば、3,4で述べたように、心が折れそう、或いは折れていたとしても、自分に与えられた仕事、目の前の仕事だけは一心不乱にやる、やり続けるということです。

この「仕事」というのは、何も勤務先の仕事だけでなく、父親としての仕事、夫としての仕事、町内会の仕事、同窓会やサークルなどの仕事、全てに言い表されることだということです。

意外と解決策というのは、とんでもない方向からやってきたりするものです。そしてこのことは、この支社を去った後の次の勤務先でも、或いは家庭でも、どう解決して良いかか解らない途方に暮れるような悩み、心配、問題も、奇跡としか思えない解決策が飛び込んできました。

その解決策の後ろ髪をしっかりと掴まえることですね。

あともう一つ付言するならば、気持ちを紛れさせるものを何か確立しておくことでしょう。

休日や家庭にまでそれを持ち込めば、自分の心身が壊れていきます。家庭にも影響を及ばすことになるかも知れません。

ともすれば、何故自分だけがこんな目に遭うのだろう、と思うことが人生にはあります。

しかし、「こんな目」にも、解決策はセットされているのものです